コラム
水本代表、志學舎を語る㉓
高幡教室の移転先見つかる
こんにちは。志學舎代表の水本です。前回の続きから 水本代表、志學舎を語る㉒
高幡本校が多摩都市モノレール建設のために立ち退きを求められるも、移転先がなかなか見つからず、思案に暮れていました。
そんな中、高幡不動駅前に住友銀行ビルが完成。ある日、高幡不動駅に降り立った時に「いったいどんなテナントが入っているのだろう」と思ってビルを見てみると、かつて「ワンフロア丸ごとでなければ借りられない」と聞いていた情報とは違って、同じフロアに複数のテナントが入っていることが判明。
「もしかしたら借りられるかもしれない」と思ってすぐに知り合いの不動産屋さんからビルの所有会社に問い合わせてもらうと、「ワンフロアの一区画だけでも借りられるかどうかは相談次第」という。そこですぐに都心にあったビルの所有会社に直接行ってみると、「今のところ空いている区画は1つだけ」とも。聞けば、4階のエレベーター前の一番いい場所はすでに当時全国区で有名だったパソコン教室が入っていたものの、その奥の1区画ならまだ空いている。ただし賃料は隣のパソコン教室と同じ条件で、と。
区画貸しとはいってもやはり高い。値下げ交渉もしたいところでしたが、交渉中に他に取られては元も子もない。そこでここは黙って先方の条件通りに借りることに決めました。
こうして、1999(平成11)年9月に高幡本校を駅前の住友銀行ビル4階に移転しました。駅前の一等地。視認性も抜群。すぐに生徒でいっぱいとなり活気あふれる教室となりました。
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同じころ、日野教室で東進衛星予備校をスタートさせていました。水本代表、志學舎を語る㉑
その中で、長年の懸案でもあった小中学部の卒塾生の大学受験指導もこれなら可能だ、と確信を得たので、これを高幡教室にも開校しよう、と考えました。
しかし、社員からは大反対。とくに高幡教室はただでさえ小中学生がたくさんいて経営的にも問題はなく、さらにそこに東進を入れたら狭くて仕方ない、と。それでも私は高校部としての東進の重要性、志學舎の1教室の中で小中高一貫で生徒を指導できるすばらしさを説いて、翌年の2000(平成12)年、東進衛星予備校高幡不動校を志學舎の区画の中に開校しました。同じ年に南大沢校も開校しました。最初は小学部受験科の卒塾生に声をかけて高校生の募集をしたのを覚えています。
<当時の広告>
こうして数年もすると、東進の生徒も増えていき、高幡教室は小・中・高校生でいっぱいになりますます手狭に。すでにやや離れた場所の川崎街道沿いに分教室を構えていたものの、もう1物件どこか考えないといけないかな、とも思いつつ、さらに別の場所に教室を増やすとなると、管理がしづらくなり、かつ、力も分散してかえって悪くなる懸念も。はてさてどうしたものか、と考えあぐねていると、思いもよらない情報が。
この続きはまた次回。
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